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アンゴウ

アンゴウ

坂口 安吾

「サロン別冊 特選小説集・第二輯」1948(昭和23)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,249 字 · 23 页

青空文庫

どんなに愉しい場所であったのだろうか。

エンノ下ノ小犬ノコトハオ母サンニ言ワナイデ下サイ九月三日午後七時半

ナイテイルカラカクシテモワカッテシマウト思イマス

小犬のことは、そのほかにも数通あった。その小犬の最後の運命はどうなってしまったのだろう。それは暗号の手紙には語られていなかった。

兄と妹は、こんな暗号をどこで覚えたのだろうか。戦争中のことだから、暗号の方法などについても、知る機会が多かったのだろう。

二人にとっては暗号遊びのたのしい台本であったから、火急の際にも、必死に持ちだして防空壕へ投げいれたのに相違ない。自分たちの本を使わずに、父の蔵書の特別むつかしそうな大型の本を選んでいるのも、そこに暗号という重大なる秘密の権威が要求されたからであったに相違ない。

その暗号をタカ子のものと思い違えていたことは、今となっては滑稽であるが、戦争の劫火をくゞり、他の一切が燃え失せたときに、暗号のみが遂に父の目にふれたというこの事実には、やっぱりそこに一つの激しい執念がはたらいているとしか矢島には思うことができなかった。

子供たちが、一言の別辞を父に語ろうと祈っているその一念が、暗号の紙にこもっている、そう考えることが不合理であろうか。