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「インガ」

「インガ」

宮本 百合子

ソヴェト文学に現れた婦人の生活

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,443 字 · 29 页

青空文庫

私はミシンで働いて、お前さんに暖いもの喰べさせていた時分、私たちは、じゃ、どんな言葉で喋ったっていうんだろう? ミーチカ!」

グラフィーラは知っている。ソヴェトには沢山亭主にすてられた女がいるのを。亭主が、やっぱり「育ってしまって」女房をすてるのを。だが、この自分が、同じその目に会うといつ思っていただろう。ドミトリーは苦しげに唸った。

「どうしてそんなことを云い出すんだ? 今のこと云ってるんだよ、俺は。」

「私はこれまでの永い永い年月のことを云ってんですよ、お前さんにやった。――お前さんは自分のことだけ覚えてる。――私はどんなに生きて来た? お前さんが兵隊に行っているうち、私はのんべんだらりとしていたかい?」

ドミトリーには、涙づかりになって「昔」で自分を押し包もうとしている無智な女房が、重荷に感じられて来るばかりである。

「――籠をかしてくれ!」

遂にドミトリーが云った。

「どの?」

「その。」

「ありや坊やのものが入ってる、やれないよ。」

ドミトリーは、室の天井からぶら下っている洗濯物の中から自分のシャツや靴下をひっぱりおろして、新聞紙へ包んだ。書類鞄へガサガサと机の上のものをさらいこんだ。