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キャラコさん
キャラコさん
久生 十蘭
01 社交室
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,043 字 · 56 页
いつまでたっても猪股氏が動かないので、槇子はすっかりじれてしまい、いきなり揺椅子から飛び起きると、
「じゃァ、こっちが逃げだそうッと……。あたしは、これから着がえをするから、見たい奴はついておいで」
ワニ君と、ポン君と、アシ君が先を争って立ちあがる。
「僕」
「ぼくもゆく」
「ぼく」
越智氏が中腰になって、あわててひきとめる。
「散歩なんぞいいじゃありませんか。なにか、もうひとつうたってくださいよ」
槇子は、いましがた社交室へはいってきた老人を露骨に指さしながら、
「あなただけでもうんざりなのに、ほら、また、あのきたないやつがはいってきた。……ごめんだわ。おもしろくもねえから、クラブ・ハウスにでも騒ぎに行くんだ」
と、みな一緒にどやどやと出て行ってしまった。
それは、みすぼらしいほどの粗末な服をきた、六十ぐらいの大柄な老人で、髪はまだ半白だが、顔には八重の皺の波がより、意地の悪そうな陰気な眼つきをし、薄い唇のはしにいつも皮肉な微笑をうかべている。
三階の隅の陽あたりのわるい小さな室にひとりで住んでいて、食事のほかにはめったに降りて来ない。だれも名を知らず、どういう素性の老人なのか、それもまるっきりわからない。