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ジイドとそのソヴェトりょこうき
ジイドとそのソヴェト旅行記
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,615 字 · 19 页
の批評のような表現でジイドが示した影響の政治的性質だけをとりあげられても、従来ジイドの人間的良心というものをそれなりに見て来た一部の人は、具体的な矛盾の本質までは闡明されず、納得しかねるのではあるまいか。
ジイドは、パウロからサウルへ転身しようと意企していたであろうか。もしまた、意図せざる結果として、客観的には人類の進歩性を後へひっぱる権力に利益を与えることになったのならば、それは如何なる意識下の力――作家ジイドが好んで潜入し、格闘するところの無意識の力に作用されてであるのか。それらのあらましが究明されなければなるまいと思うのである。
アンドレ・ジイドはゴーリキイの誕生におくれること一歳、ロマン・ロオランより三つの年下として一八六九年、パリに生れた。両親は富裕な清教徒であった。十一歳で父に死別した後、病弱な神経質体質の少年であるジイドは、凡ての悪行為、悪思考と呼ばれているものに近づくまいとして戦々兢々として暮す三人の女(母をこめて)にとりまかれ、芝居は棧敷でなければ観てはいけません、旅行は一等でなければしてはいけませんという境涯に生長した。
少年の間、彼は全くそういう窒息的な環境に馴らされ、些の反撥も苦悩もなく過し、十六歳の年まで読書さえ母の監視つきであった。