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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

大きい楡の葉はもう黄色くなりかけている。

日本だったら、カナカナの盛に鳴く刻限、蝉もいないモスクワの中庭で、信吉はテーブルによっかかって、ペーチャの手許を眺めている。

ペーチャの親父は荷馬車ひきだ。おふくろはチブスで死んでいない。ピオニェールだ。ペーチャは赤い大判の紙をテーブル一杯にひろげ、そこへ鉛筆で作図しちゃ、鋏で切りぬきをやっている。

「……どうだったい? 魚とれたかね?」

信吉がきいた。

「余りいやしなかったんだよ、その河には。……でも一遍魚スープをこさえたよ」

モスクワ各区がそれぞれピオニェールの夏の野営地をもっている。ペーチャはソコーリスキー区の野営に一月行って、つい二三日前帰って来たばっかりだ。

「何匹とった」

「二匹」

「どんな奴?」

「……この位だ」

すっかり日にやけた雀斑のある手で、テーブルにころがってる鉛筆を示した。

「それを何人で喰ったのさ」

「十人ぐらいいたヨ」

信吉は思わずふき出した。

「どうしサ、みんなたっぷり汁をのんだよ!」

顔もあげず、ペーチャは赤い紙をきりぬきつづけてる。だんだん人間の横顔らしいものがハッキリして来た。

「――レーニンだね」