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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。――諸君は、二年程前の秋の日本美術院展覧会で、同人経川槇雄作の木彫「※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)」「牛」「木兎」等の作品と竝んで「マキノ氏像」なるブロンズの等身胸像を観覧なされたであろう。名品として識者の好評を博した逸作である。

いろいろと私はその始末に就いて思案したが、結局龍巻村の藤屋氏の許に運んで保存を乞うより他は道はなかった。兼々藤屋氏は経川の労作「マキノ氏像」のために記念の宴を張りたい意向を持っていたが、私の転々生活と共にその作品も持回わられていたので、そのままになっていたところであるから私の決心ひとつで折好き機会にもなるのであった。

私は特別に頑丈な大型の登山袋にそれを収めて、太い杖を突き、一振りの山刀をたばさんで出発した。新しく計画した生活上のプロットが既に目睫に迫っている折からだったので、この行程は最も速やかに処置して来なければならなかった。で私は、早朝に新宿を起点とする急行電車に性急な登山姿の身を投じ、終点の四駅程手前の柏駅で降りると息をつく間もなく道を北方に約一里溯った塚田村に駆け登って、予定の如く知合いの水車小屋から馬車挽き