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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

そして更に眼を凝らして眺めると村道を歩いて行く人達の、おおあれはどこの誰だ――ということまでがはっきりと解った。枯草を積んで村境いの橋を渡って行く馬車は、経川の「木兎」を買収した牧場主の若者だ。

「彼奴に悟られては面倒だぞ!」

私は呟いて帽子の庇を深くした。私は、その「木兎」を単に観賞の理由で彼から借り受けて置いたところが、同居のRという文科大学生が秘かに持出して街のカフエーに遊興費の代償に差押えられている。彼は私を見出し次第責任を問うて私の胸倉を執るに相違ないのだ。公孫樹のある地主の家では井戸換えの模様らしく、一団の人々が庭先に集って眩しく立働いているさまが見える。この一団に気づかれたら、矢っ張り私は追跡されるであろう、なぜなら地主の家で買収した経川の「※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)」を、私は森の拳銃使いの手先きとなって盗み出したことがある。「※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)」の行方に関してはその後私は知らなかったが、地主の一党は私に依ってそれの緒口をつかもうとして私の在所を隈なく諸方に索めているそうだ。――また遥か左手の社の門前にある居酒屋の方へ眼を転じると、亭主が往来の人をとらえて何か頻りと激した身振りで憤激の煙を挙げているらしい。