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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

ではどうすることも出来ない、早く片づけて来給え、それから帰りには近頃経川が「馬」の小品をつくったそうだから、そいつを土産に貰って来て呉れ、質にでも預けて飲もうではないか! などと云いながら、私に新しい寒竹の鞭を借そうとした。

「ゼーロン!」

私は、鞭など怖ろしいもののように目も呉れずに愛馬の首に取縋った。「お前に鞭が必要だなんてどうして信じられよう。お前を打つくらいならば、僕は自分が打たれた方がましだよ。」

主の言葉に依ると、ゼーロンの最も寛大な愛撫者であった私が村住いを棄てて都へ去ってから間もなく、この栗毛の牡馬は図太い驢馬の性質に変り、打たなければ決して歩まぬ木馬の振りをしたり、殊更に跛を引いたりするような愚物になってしまった、実に不可解な出来事である、今日図らずも私を見出して再び以前のゼーロンに立ち返りでもしたら幸いであるが! との事であった。

「立ち返るとも立ち返るとも、僕のゼーロンだもの。」

私は寧ろ得意と、計り知れない親密さを抱いて揚々と手綱を執った。

「一日でも彼奴の姿を見ずに済むかと思えば却って幸せだ。」

主は私の背後からゼーロンを罵った。