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チェーホフしろん
チェーホフ試論
神西 清
――チェーホフ序説の一部として――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页
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おそろしく辛い。だから僕は黙っていたのだ。ねがわくば僕のなめたような苦しみを、君もなめずに済みますように……と、『無名氏の話』の主人公は言う。この言葉はチェーホフの手紙についても、有力な自註の役割をはたすだろう。
これで、沈黙の一形式としての彼のお喋りな手紙の意味が、おおよそ明らかになったと思う。それは正にニーチェの言うように、自己をかくす器であった。従ってまた、チェーホフの正体をさがすためには頗る恰好な場所でもあるわけだ。実際チェーホフの生活は、ほかならぬこの無駄話そのものの中にみなぎり溢れているのだ。
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チェーホフの非情についての証拠がためを一応終ったからには、もはやその発生の歴史をたずねる手続は無用であろう。なぜなら彼の非情には、なまなかな後天説や環境説などの口出しを一さいゆるさぬ根づよさと厳しさがあるからだ。
もちろん文学史的に見れば、彼を八〇年代の児とすることは正しいであろう。だがそれは主として彼の芸術の総体が結果として醸しだす或る気分と時代との間のアナロジーの問題にすぎないのであって、彼の非情がその時代の枠の中においてこそ発生し、形成されたと考えるべき根拠は、どこにもないはずである。