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デカルトてつがくについて
デカルト哲学について
西田 幾多郎
在线阅读西田 幾多郎《デカルト哲学について(デカルトてつがくについて)》,假名注音日语阅读。JLPT N2,点词查义。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,032 字 · 38 页
然るに三角形の三つの角の和が二直角であるということが、三角形の本質から離すことができない如くに、神の存在ということは、神の本質から離すことはできぬ。存在ということの欠けた最高完全者というものを考えることは、谷のない山を考える如く自己撞着である。故に神は存在する。而して完全無欠なる神は欺かない。そこから我々の自己において明晰判明なる知識の客観性を基礎附けるのである。最高完全者としての神の観念は存在を含むという神の存在の証明は、百円の観念は百円の金貨ではないという如きを以て一言に排斥すべきではない。神はカント哲学の形式によって実在するというのではない。実在の根柢を何処までも論理的に考える時、私は「最高完全者は存在する」という理由も出て来ると思う(Leibniz,“Quod Ens Perfectissimum existit.”)。しかし神の誠実性を以て知識の客観性を基礎附けるという如きは、何らの論理性を有たない。主語的論理の破綻を示すものである。明晰にして判明なるものは、それ自身によって理解せられるもの、十全なる知識として、真にあるものでなければならない。