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トコヨゴヨミ

トコヨゴヨミ

田山 花袋

「早稲田文学」1914(大正3)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,449 字 · 38 页

青空文庫

」などと妻は思った。

追立てられるようにして、埠頭の方へ駈けて行く二人の姿が続いて見えた。向うに渡る汽船の白いペンキ塗は碧い海の中にくっきりと見えていた。めずらしく其朝は晴れていた。朝日が煌々と眩しく海に砕けて光っていた。

寒い汚い狭い船室に、動物か何ぞのように人々は坐ったり寝たりしていた。一種のイヤな臭気が何処からともなく襲って来た。妻は眠くって眠くって仕方がなかった自分を見た。「己は甲板の上に行っているぞ。」こう勇吉が言って出て行くのをうつつに聞いて、女の兒に乳を含ませながら大勢の人達の中に足を蝦のように曲げて、何も彼も忘れてぐっすりと寝た。

船から下りたところにある停車場では、故郷の方にわかれて行く汽車が今発とうとして烟を挙げているのを見た。「国になんか寄っていられない。そんな暇はない。そうでなくってさえ遅くなったんだ。もう十二月じゃないか。」こう言って二人とも素通をして行くことにきめていたけれど、此処に来ては流石に国の方に心をひかれない訳には行かなかった。「こうして東京に行けばまたいつ国に行って親や同胞に逢われることだろう。」こんなことを思って、勇吉の妻は涙をそっと袖に拭った。