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ドーヴィルものがたり
ドーヴィル物語
岡本 かの子
「経済往来」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页
これがフランス遊覧地気質だ。ドーヴィル、ノルマンジーホテルの食堂もその一つだ。ちょっと客を気易くさせる淡い影を壁の隅々に持たせ乍ら取付けた様な威厳、上ずった品位、慧眼のものが早くそれを見破ろうとする前に縦横からあらゆる角度の屈折光線がその作意をフォーカスする。で、客はただもう貴族趣味の夢遊病者となって、われ知らず飲み、喰い、踊る。客をそうして狂わせて置き乍ら、その狂う形骸に向って心からの親切、愛嬌、敬意を払って居るマネージャー始め食堂関係者等の慇懃な態度――彼等のその態度にはまったく皮肉も狡さも無い。極めて従容とした自然な態度だ。如何にフランス人が客商売に適して居るかが分る。
ダンス床を取捲いた二百五十組の食卓の一つへ小田島は仕方なしに四百九十三号室の女と席を取った。女は小田島がオンフルールでイベットに別れ、夕方帰って一休みして居ると、殆ど部屋へ暴れ込んで来た。女は少し酒に酔って居る癖に腹が空いて居ると云って、小田島の部屋を掻き廻し差し当り何か口に入れるものを探した。女はとうとう小田島の鞄の蓋をはね、中を引繰り返した。そして小田島が巴里を発つ前知人から贈られた缶入りのカキモチを見付けてカリカリ噛み始めた。