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ドーヴィルものがたり
ドーヴィル物語
岡本 かの子
「経済往来」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页
あの小娘なんて人の頭を抑える電気が強いんだろう。
女は涙をぽろぽろ零し乍らやけに小田島を引張って場付きの酒場へ入って行った。また酒か。と小田島はくさくさした。そして自分に何の義務があって夕飯だの酒だのとこの女を世話しなければならないのかと小田島は馬鹿々々しくてならなくなった。が、流石に少し女を憐れむ気持ちがイベットに離れて居る彼の孤独感に沁みもした。で、仕方無しにまた彼は此処へも女について入った。
恐ろしく長い酒場の台。客は四五人しか居なかった。丁度カクテール調合筒を振り終えた給仕長らしい男。
――東洋人の奥さん、旦那にはもう翡翠の簪でもねだったかね。
彼は、他の客とずっと離れた椅子へ掛けた二人に近寄り女に冗談を云った。
――お黙り、フレデリー、生憎とこの人は支那人じゃ無いよ。
――ハアハア…………。
男は曖昧な笑いを残して向うの客の方へ引返した。それを見送った女は今度は小田島の方を振り返って、涙の乾いたあとの妙に味気無い眼を瞬かせ乍ら
――あんた、あのフレデリーね、フランスカクテール界のキングって云われる腕前なのよ。
と小田島に教えて置いてまた向うへ
――フレデリー、腕を振って調合したのを持って来て。