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ドーヴィルものがたり
ドーヴィル物語
岡本 かの子
「経済往来」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页
――イベット、あんた本当に西班牙に帰されるの。じゃ、あたしも帰る。イベット。あんたが居ないんじゃあたし一人此処に居たって詰んない。私も連れて帰ってお呉れね。イベット。
するとイベットの代りに探偵長ボリス・ナーデルが少し厳格な調子で云った。
――そうは行かない。イベットの車は特別仕立てなのだ。
女はいつもの阿婆摺れた様子は少しも見せず、一瞬間萎れて呆然と車内の二人を見較べて居たが、今度は前よりも一層憐っぽくイベットに縋って云った。
――では私、汽車で帰る……だけど私今、お金ちっとも持たないの。イベット、済まないけど今居る安宿の諸払いとマドリッドまでの汽車賃とそれから当座のお小使だけあたしに呉れない。
イベットは何にも云わない。殆ど女の方を振り向いて見無かったが、女の言葉が終ると黙って頷ずいて手鞄を開け、金貨や紙幣を交ぜて女に渡した。女は指に白手袋の吸い付いて居るイベットの手を把り押戴く様に喜んだ。
――有難うよ、イベット。じゃ、あたし仕度出来次第に早く此処を発つ。ね、マドリッドで逢いましょうよ。ね屹度。またあたし、あんたの旧の家へ直ぐ訪ねるわ、ね。
女は一人で承知してまた馳けるように帰って行った。