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ヒルミふじんのれいぞうかばん

ヒルミ夫人の冷蔵鞄

海野 十三

「科学ペン」三省堂、1937(昭和12)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,412 字 · 29 页

青空文庫

それはそうなるのが当然すぎるほど当然のことだったけれどまたたしかに人間の情けの世界の悲劇でもあった。

「あなた、よくまああたしのところへ帰ってきて下すって」

夫が帰ってくると、ヒルミ夫人はひと目も憚らず、潜々と涙をながして、逞しき夫の胸にすがりつくのであった。

そうしたヒルミ夫人の貞節が、万吉郎に響いたのであろうか、ヒルミ夫人の観察によればこの頃夫の万吉郎は、すっかり人が違ったようにすべての行為に関し純真さと熱情とをとりかえしていた。ときにいつもの口調で怒鳴りつけられることもあったが後で室に下ったときには、夫の機嫌はおかしいほど好転するのであった。ヒルミ夫人の考えではやがて昔のような生活の満足感がとりもどされるにちがいないと期待を持つようになった。

或る日のこと、ヒルミ夫人はただひとりで研究室にいた。彼女はその日、なんとはなく疲れを覚えるので、長椅子の上に豊満なる肢体をのせて、ジッと目をとじていた。前にはよくこうして睡眠をとったものである。夫人は久しぶりにしばらくここで睡ってみたいと思った。

ところがいざ目を閉じてみると、どうしたものか、逆に頭が冴々としてきて、睡るどころではなかった。