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フロレンス・ナイチンゲールのしょうがい

フロレンス・ナイチンゲールの生涯

宮本 百合子

「婦人朝日」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,310 字 · 21 页

青空文庫

ロンドンを立つ時、当局の役人はナイチンゲールの問いに答えて、スクータリーには何一つ欠けたものはないと明言した。よしんば衛生材料が多少不足していても四日間でコンスタンチノープルから支給されるのだから、と。その言葉にもかかわらずフロレンスは女の勘で、いろいろな材料と金とをどっさりたずさえて、さて、到着したスクータリーの陸軍病院は、彼女の一行をどういう有様で迎えただろうか。巨大なバラック建ての廊下や大きい病室には、ありとあらゆる欠乏、怠慢、混乱、悲惨が充ち満ちていた。建物の真下を走っている大下水から汚物の悪臭がのぼって来る。その床はぼろぼろで洗えもしない。壁には塵埃が厚くこびりついて寝台は四マイルもぎっしりつめられていた。ところ嫌わず南京虫の大群が横行している。フロレンスがみたどこの貧民窟よりも不潔である。日常品の欠乏ははなはだしく、ビールの空壜にローソクがたっていた。たらい、タオル、シャボン、箒、盆、皿、ナイフ、フォーク、スプーンなどという必需品さえなかった。医療材料、薬品も揃っていない。働いている人々といえば無能な医者と官僚主義に頭も心も痲痺している役人と、疲労困憊して自身半病人である少数の人々ばかりであった。