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ヘヤーピンいっぽん

ヘヤーピン一本

豊島 与志雄

「人間喜劇」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,246 字 · 17 页

青空文庫

料理などもたいてい、彼女がおばさんと呼んでるひと、あちらに住んでる親戚のひとであろうが、そのひとがしてくれてるようだ。

「このひとは、まったくお姫さまだよ。」と岩木は言った。

だがそんな話は、つまり家庭的な個別的な話題は、すぐに飛び越えて、他の重大な話に、つまり一般的な話題に、移っていった。

そして、眼には見えないが仄かに暮れかけてきた頃のこと、玄関のベルが鳴った。久子さんが出て行った。しばらくして彼女は戻って来た。

「清水さんに、お客さまですよ。」

俺は合点がゆかないのだ。

「間違いでしょう。僕はここではほかに知人はないし、昨晩、それも夜明け前に……。」

言いかけて、ふと思い当った。

「どんな人ですか。」

「若い女のひとです。」

俺は息を呑んだ。自分でふしぎなほど狼狽し、それから腹が立った。

「追い返して下さい。図々しいにも程がある。呆れた奴だ。」

「どうしたんだい。」と岩木が尋ねた。

そこで俺は、話し忘れていたこと、あのヤミ宿での一件を、あらまし打ち明けた。

「なあんだ、それだけか。いたずらでもしたんじゃないのかい。」

「なんぼ俺が物好きでもね。ただちょっと、感傷的に同情したものだから、名刺の裏に君の名前を書いて渡した、それがしくじりの元だ。