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ヘヤーピンいっぽん

ヘヤーピン一本

豊島 与志雄

「人間喜劇」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,246 字 · 17 页

青空文庫

その時、俺のすぐ後からはいって来て、俺たちの問答を聞いていたらしい、モンペ姿の若い女が、低い声で女中に言った。

「わたくしもお願いします。」

「仕様がないねえ。じゃあ、いっしょに寝るか。」

俺といっしょに寝かすのかと思うと、そうではなかった。

「おかみさん、もう起きなさいよ。」

長火鉢の向う側から、小柄な中年の女がむくむくと起き上った。

「さあ、お嬢さんはこっちだ。」

俺は洋服のまま布団にはいった。

いつでもどこででも眠れるのが、俺の特技だ。その上、ほっとした安心感もあった。すぐに眠った。

僅かの間だったようだ。俺たちはさっきの女中に起された。

「さあさあ、旦那さんとお嬢さんは、あっちの室だ。」

両側に室が並んでいる中廊下を通って、奥の方の六畳に、俺たちは案内された。早立ちの客があって、そこが空いたものらしい。布団も二つ離して敷いてあった。俺たちはまたそこで眠った。

へんに騒々しいあたりの空気に、俺は眼をさました。気持ちの立ち直りから見て、だいぶ眠ったようだ。建て付けのわるい雨戸の隙間から、もう明るい光りがさしていた。

俺は起き上った。「お嬢さん」はまだ寝ている。