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ボニンとうものがたり

ボニン島物語

久生 十蘭

「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页

青空文庫

さぞ、うれしいこったろうな」といった。

清兵衛は、いつになく顔を笑み崩しながら、楽しそうにうなずいてみせた。

「庄吉、お前はどうだ」

返事がなかった。

「どうした。萎れているようだが、お前はうれしくないのか」

庄吉は膝に手を置いて畏っていたが、だしぬけに怪鳥の鳴くような声で、

「うんにゃ」と一声、絶叫、この世に、こんなつまらぬ土地柄はない。こんなところを故郷だなどと思ってはいない。従って、うれしくも面白くもないという意味のことを、わかりにくい浦方の方言でつけくわえた。

清兵衛は狼狽して「庄吉さん、庄吉さん、お役人衆の前で、そんな憎まれ口を利くものではない。耳が痛む。やめてくれ」と宥めにかかると、庄吉は薄笑いをしながら、

「なんだ、清兵衛」と人を馬鹿にしたような調子でいいかえした。

日頃、猫のようにおとなしい庄吉が、こんな不貞腐ったようすをしようとは、思ってもいなかったので、駒三郎は呆気にとられて庄吉の顔をながめていたが、この男は名子という農奴にも劣るひどい生活をつづけているうちに、碌な口ひとつきけないようになり、たまさかものを言うと、つい羽目をはずしてしまうのだろうと思った。