轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

マクシム・ゴーリキイのひとおよびげいじゅつ

マクシム・ゴーリキイの人及び芸術

宮本 百合子

「婦人公論」1933(昭和8)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,075 字 · 30 页

青空文庫

の翻訳であった。そして、対外的には反ソヴェト的にゴーリキイがそこに引き合いに出されているのを見た。私はゴーリキイが世界的にもっている影響力の深大さに打たれた。一九二八年のゴーリキイのソヴェト訪問の結果は、世界のすべての資本主義国が卑しい期待にがつがつして待ちかねていたところであった。イタリーのソレントに住んでいながら、常にソヴェト同盟の達成に留意し、反ソヴェト運動に対して文筆をもって闘って来たゴーリキイが、実際のソヴェトを見て何と云い出すか、それによっては直ちに牙をむいて飛びかかろうと待ちかまえていたのであった。ゴーリキイは、自分の置かれている歴史的な立場については正しく慎重に理解した。卑しい期待は満たされ得なかったのである。

一九〇九年に、ゴーリキイは教訓的な経験をしている。レーニンが指導するボルシェヴィキと修正派ボグダーノフとがマルクス主義哲学について大論争を行っていた当時、プロレタリアの世界観をわがものにしていない「マルクス主義者に近いもの」であったゴーリキイははなはだしく動揺して、ボグダーノフと雑誌を出したり、ボグダーノフに利用されるような労働者学校を組織したりして、一時レーニンの社会民主労働党から脱落しかけた。