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マクシム・ゴーリキイのでんき

マクシム・ゴーリキイの伝記

宮本 百合子

幼年時代・少年時代・青年時代

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,543 字 · 120 页

青空文庫

と日本字で書いてそれをゴーリキイに見せたら、彼は、日本字が読めなくて残念だと云い、その意味をロシア語で書いてくれと云った。私はそれを書いているのであった。書きあげて、子供より下手だと笑いながら見せた。するとゴーリキイは真面目な、親密な調子で「なに、結構よめる」と、別に笑いもせず答えた。その云い方と声とが今も心に残っている。

ゴーリキイがもういず、彼によって残された沢山の蔵書の中に交って何処かに、私のあの本もあるのかと思うと、何か一口に云い現せない心持が私をみたす。何故なら私の記憶の前には、中川一政氏によって装幀された厚い一冊の本と、ゴーリキイの如何にも彼らしい「なに、結構読める」と云った声とがまざまざと結びついて生きていて、その思い出はゴーリキイという一人の大きい作家の生涯の過程を私に会得させるために、驚くほど微妙な作用をしているのである。

ソヴェト同盟の文学史に於て、マクシム・ゴーリキイは、例えて見れば最後の行までぴっちりと書きつめられ、ピリオドまでうたれた本の大きい一頁のような存在である。私たちは、自分たちに課せられている頁の数行をやっと書いたに過ぎない。