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マクシム・ゴーリキイのはってんのとくしつ
マクシム・ゴーリキイの発展の特質
宮本 百合子
「改造」1936(昭和11)年8月臨時特大号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,694 字 · 33 页
祖父の家の台所の隣りに、長い、二つの窓のついた部屋があった。一人の痩せた猫背の男で、善良そうな目をもち、眼鏡をかけた下宿人が暮していた。何か祖母から云われる度にその男は、「結構です」と挨拶するので、「結構さん」というあだ名がついていた。小さいゴーリキイは、この下宿人の暮しぶりに非常な好奇心を動かされた。彼は物置きの屋根の上に這い上って、中庭ごしにその下宿人の窓の中の生活を観察するのであった。そこにはアルコール・ランプがあった。いろいろの色の液体の入った罎、銅や鉄の屑、鉛の棒などがあった。これらのゴタゴタの間で「結構さん」は、朝から晩まで鉛を溶かしたり、小さい天秤で何かをはかったり、指の先へ火傷をしてうんうんとうなったり、すり切れた手帳を出して、何かしきりに書き込んだりする。
ゴーリキイは、興味を押えられず、お祖母さんに聞いた。
「あの人は何してるの?」
するとお祖母さんはこわい声で、
「お前の知ったこっちゃない、だまっていな」
と言い、おばあさんが警戒するばかりでなく、家中の者が揃ってこの毛色の変った下宿人を愛さなかった。みんな「結構さん」をかげでは嗤って、贋金つくりだの、魔法師だの、背信者だのと噂している。