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マリア・バシュキルツェフのにっき
マリア・バシュキルツェフの日記
宮本 百合子
「新女苑」1937(昭和12)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,569 字 · 24 页
画家としてのマリアの境地は次の年へかけて非常に深まった。芸術が創られるとき、それが自然の単なる模写に過ぎない写実と、現実の瞬間を内容にまで迫って捕えようとするリアリズムの間に、どれ程の大きい相異があるか。そして、本当の芸術は見える物象のただのひきうつしではないということを彼女は本ものの芸術家らしい見識で発見している。耳はますます遠くなった。肺の両方がわるい。しかも、バラ色の顔で、外見は何でもなさそうに日夜をわかたずアトリエ暮しをしている二十三歳のマリア。
翌年のサロンに「出あい」が大好評で入選した。粗末な板壁のある街角で黄色い髪をした小学生たちがふと出合って、互いにはにかんでいる絵は、題材の自然さと、描写の活々としたたしかさとで誰の目にも賞牌候補と思われたが、作者のマリアが、金にこまらない貴族の美しい娘であることが、意外の誹謗の原因となった。「ジャンヌ・ダルク」以来彼女が傾倒し師事していた当時の大家ルパアジュが加筆したような噂がつたえられた。そのルパアジュは三十六歳で、そのときはもう病床で生と死との境にあった。マリアは、この画をかくために、街頭スケッチまでして努力したのであった。