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モスクワのつじばしゃ
モスクワの辻馬車
宮本 百合子
「読売新聞」1931(昭和6)年1月1日、4日、6~9日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,305 字 · 17 页
、1-7-82)ヤを横切ると、その街燈柱と菩提樹のところ、きっちりさっき日本女が一度馬車から下りた地点で車を止めた。あっち向のまま、
――家へ帰んなさい。
日本女はすぐに御者の云うことを理解しなかった。
――家へかえんなさい、もう先へは行かないよ。
気落ちしたように、だがどこまでも頑固に侮蔑を失うまいとして強く御者は云った。
――金なんぞいらない、あんた欲しいんだろう、もってきな。
日本女は蜜の入れもので膨らんでる書類入れ鞄をかかえたまま馬車を下りると小戻りして、変電塔の横へ袋をもって出ているリンゴ売のところへ行った。
――いくら? それ一つ。
ところどころ当ったひどいリンゴだ。
――十五カペイキ。
――じゃ二つ。
絶え間ない通行人だ。
乗合自動車を待つ一かたまりの群集のかなたから、今は体ごとこっちへ向きなおり、熱心に小さい日本女が金をくずしているのを待っている辻馬車御者の眼と黒い髯とが見えた。〔一九三一年一月〕