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モスクワいんしょうき

モスクワ印象記

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,941 字 · 42 页

青空文庫

できるだけ早く自分の英語を棄ててしまいたくなったのだ。

私は、いそいではどこもみまい。私は、私の前後左右に生きるものの話している言葉で話そう。そして、徐々に、徐々に――私はわが愛するものの生活の本体まで接近しよう。

二月の夜八時、芸術座の手前の食堂からある印象を抱いて出て来る。変に淋しい家であった。そこには、たった一人、ピストルを今鳴らされたばかりみたいなポーランド爺がいて、背広で、給仕した。帰る時、その家の猫がYの手袋をくわえてテーブルの下へ逃げ込んだ。

トゥウェルスカヤ通りへ出ると、街全面がけむたいようで、次第にそれが濃くなって来た。霧。霧。

霧は、天候の変る先ぶれのラッパだ。翌日街へ出て見たら、すべての橇馬の体で汗が真白い霜に凍っている。通行人のひげも白い。本物の「赤鼻のモローズ」がモスクワの街へ降りた。

午後三時半、日が沈みかけた。溶鉱炉の火玉を吹き上げたように赤い、円い、光輪のない北極的な太陽が雪で凍てついた屋根屋根の上にあり、一本の煙筒から、白樺の黒煙がその赤い太陽に向ってふきつけていた。

ブルワールも樹立も真白だ。黒く多勢の人々が歩いて行く。