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モスクワいんしょうき
モスクワ印象記
宮本 百合子
「改造」1928(昭和3)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,941 字 · 42 页
番兵は銃をゆすりあげ、さらに女たちの後姿をみまもった。街の平ったい建物のみとおし。後から取りつけたに違いないバルコニーが一つ無意味に中空にとび出している。したに、
ホテル・パッサージ
電気入りの看板がでていた。バルチック海の春先の暴風がおこる朝、この看板はゆれた。そして軋む。黄色い紙にかいた献立が貼りだしてあるそのホテルのばからしくおもいドアを体で押しあけて、先ず黒ずくめの女がはいった。つづいて、茶色外套の女もはいってしまった。――バング!
肉入饅頭売りがきた。彼が胸からつるした天火のゆげが、ドアの煽りでちった。同時に肉入饅頭の温い匂いも湯気とともにちる。
番兵の、田舎の脳髄のひだのあいだで東洋女の平たい顔の印象がぼやけた。ただ好奇心の感覚が、漠然神経にのこっている。その時、永いあいだ立っている橇馬が尾をもたげ、ここちよげにゆっくり排泄作用をおこなった。雪解けの水にぬれたむかい屋根の雨樋にモスクワの雀がとまって、熱心に、逞しい馬の後脚の間に落ちたできたての、湯気のでる餌をみはった。
ホテルの四階のはしに、日本女の部屋があった。下足場に棕梠がおいてある。