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ヤトラカン・サミはかせのいす

ヤトラカン・サミ博士の椅子

牧 逸馬

「新青年」博文館、1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,010 字 · 26 页

青空文庫

ているかぎり――ヤトラカン・サミ博士は、こんど生まれ変わる時は、どうかして、その、奥様たちのブルマスに化身したいものだと、いつも、こんなに突き詰めて考えているくらいだった。

そして、あの、うまく乞食の域にまで到達したときに、森へ行かずに、コロンボ市中に踏みとどまっていたからこそ、ヤトラカン・サミ博士は、これは、もう十何年も前のことだが、月明の肉桂園で散策中の英吉利奥様を強姦し、邪魔の力を借りて一晩じゅう彼女を破壊しつくし、その死体を馬来籐の大型籠椅子へしっくりと編み込んで、それを車にいや、住まいに、いま楽しく、こうしてマカラム街付近を乗りまわすことができるのではないか。

じっさい、ヤトラカン・サミ博士の椅子のなかでは、いつか行方不明になった何代目かの総督夫人が、じっと腰を落とし、股をひろげ、膝を張り、上半身をややうしろへ反り、両腕を伸ばして、忠実に、じつに忠実に、あれからずうっと博士の体重と思想と生活の全部を、背後から支持しているのだ。

7

作者は、一九二九年の五月九日、せいろん島コロンボ市マカラム街の珈琲店キャフェ・バンダラウェラの歩道の一卓で妻とともに生薑水をすすりながら、焼けつくような日光のなかに踊る四囲の印度的街景に眼を配っていた。