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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

――お前さんは!

少年 あの日二人は、岩の上に座っておりましたっけねぇ。二人の前には濁った海がどんよりと広がっておりましたわ。雲が遠くの海に垂れて、空と水とが同じ色に染めつけられていましたわね。……二人は岩の上に座ったまま黙って考えておりましたわね。何故黙っていたんでしょう。

女子 いろいろのことを考えていたからですよ。

少年 その中に急にお姉様が歌をお歌いなされたわ。おのお歌を、「その日のために」って云う悲しいお歌を。……なぜ、あんなお歌を歌ったの?

女子 (暫時沈黙。やがて総て決心せるが如き語調にて簡単に)歌う時が来たからですよ。

少年 歌う時が?

女子 ヨハナーンや、あのお歌はね、お母様が私共を棄てて遠い遠い所へ行かれる日(塔をチラリとすかし見て小声にて)あの塔の中へ行かれる日、(大きく)私に教えて行った歌ですよ。……もう二度逢えぬ名残りだと云ってね……。

少年 お姉様!

女子 ヨハナーンや、あのお歌はねぇ。この世の名残りに歌う歌ですよ……。

少年 そんな悲しいお歌を、何故あの日お姉様は歌ったの。

女子 歌う日が来たからですよ。

少年 二度と逢えぬお別れの日が、あの時来たの。