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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

夜はこの脚本の舞台であります。この脚本には短ホ調の音楽と、短嬰ヘ調の音楽とが入ります。尚その他いろいろの楽器、例えば死せる人を弔う鐘、遂げられざる恋の憂いを洩らす憐のバイオリン、悪魔の誘惑を意味する銀の竪琴、騎士の吹く角の笛、楯につけたる鉄と真鍮の喇叭、そして波も松風も嘶く駒も、白き柩と共に歌う小供等も、楽器と云えば云えましょう。――これらの楽器がはいります。この脚本には「死に行く人魚」の歌が歌われます。嫉妬よりの契約が交わされます。海と自由と、幻のような舟と、舟の中の音楽と、音楽を奏した未知の若者とを恋うる少女が現われます。この少女は恋の贈物として深山鈴蘭の純潔の花を愛さずに、暗の手に培われた、紅の薔薇を愛します。(と自分の胸より紅薔薇を抜き取り観客に見せ)このような罪の贈物を愛します。(花を床上に投げ棄て)かくて少女は恋の獲物を失います。

過去の恋をなつかしむあまり、恋の記念に造った音楽堂は、対岸の絶壁の上に立てられ、悲劇はその堂内で演じられます。譬えその悲劇が諸君の御眼には見えずとも、諸君は必ず憐れと覚しめすでしょう。悲劇の主人公は、美しい少年であります。