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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

の歌が、あの時私の耳へはいって、私を正気づけたことは、ほんとに違いはないけれど。(小声にてその歌を歌う)

屍には白き藻草を着せかけん、

眼の閉じし面には

かぐろき髪の幾筋と、

鈴蘭の花をのせておく。

何故この悲しい歌が、私を正気に返らせたのか、私には解らない。

使女A あの怪しい老人の歌った厭な歌に、歌い勝ったと申すのではござりますまいか。

使女B 老人の歌った歌を、お嬢様は今でも覚えていらっしゃりますか、血が泣くような厭な厭な歌。

女子 (小声にて歌う)

短い命が暗に沈む

紅い薔薇のあざ笑い、

罪が楽しい戯れと

思う時の人心、

それが暗の紅き薔薇。

ほんに厭な恐ろしい歌だこと。ただ歌ったばかりでも、深い深い罪の洞へ引きこまれるような気持ちがする。……だがまた何んだかなつかしい、恋しい思いの湧き起こるのは不思議じゃないか、丁度人眼を忍んで媾曳する夜の、罪と喜びとの融け合った、その恋しさがこの歌の調子に似ているぞえ。――そしてこの歌は、どうしても嘗どこかで聞いたことがあるように思われる。

使女A 北の国の浜辺でお嬢様へ、紅い薔薇の花をお渡しなされた、若い美しい音楽家が、歌ったのではござりませぬか。