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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
この貴橄欖石と紅宝玉とで象眼されたバイオリンは亡き母上の御形身であるのでござります。(間)しかし、ああ不幸にも、若様が正面の壇の上へ昇ろうと片足を段へかけられました時、その時、人々は奇異の姿に眼を奪われ、不思議の楽音に心をとられました。――ああ、禍いはそこから来たのでござります。
女子 昨夜の老人が、昨夜の姿のままで銀の竪琴を手に持って、立ち現われたのではないのかえ。
従者 その通りでござります、お嬢様はどうしてそれをご存じでいらっしゃりまする。
女子 呪詛われた神経が、私の呪詛われた神経が、そうだと私に告げている。
従者 呪詛われた神経はお嬢様ばかりがお持ちなされていたのではござりませぬ。音楽堂に集っていた数知れずの騎士、音楽家、さては近在の人々や、祝歌を歌う小供まで皆、恐ろしい呪詛にかかっていたのでござります。と申しますのは、その不思議の老人が銀の竪琴をかき鳴らし、しずしずと壇の上へ昇って行くのを誰もひきとめずさえぎらず、あるがままに茫然と見ていたことでよく解りまする、(間)はい、堂内の人々は皆もう茫然と見ていたばかりでござります。そして掻き鳴らす銀の竪琴の音に魂までも打ちこんで聞き惚れていたのでござります。