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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
(間)海に突き出した高殿の一郭は岩の上の鷲の巣のように、まことにあやうく見えるけれど、勇ましさも一層で、美しさはそのあやうく勇ましい所にひそんでいる。あの高殿で恋を語ったら、どんなに悦しいことだろう。
従者 御前様!
領主 (うるさげに)何だと云うに。
従者 もう窓から外を見るはおよし遊ばせ。
領主 いいではないか、外を見るのは俺の勝手だ。お前は俺の云いつけた通り、御客様を御馳走する準備をせい。(とまた窓の外を向き)ああ初夏の夕べほど気持ちのよいものはない。草花の雌蘂には咽せかえる程の香りがあり、花弁にはルビーのような露が溜り、黄金虫は囁くような恋の唸りや、訴えるような羽音をさせて、花から花、梢から梢へと飛び巡る。物の音色、光や陰には優しい艶が着き、人々の眼差しには、たえられぬ内心の悶えや恋や喜びが、恥かしい程あふれている。(間)だが俺の心はどうだ、(破裂せる如き調子)俺の心はまるで謀反人の心のように、絶えず苦しみ、気を遣い、他人の思慮を憚り、そして常時疑っている。(窓を離れる。――と従者と顔を見合わせる)まだいたのか。
従者 はい、お殿様のお心を伺わぬうちは参りませぬ。