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いっこく

一刻

宮本 百合子

「談論」1947(昭和22)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,103 字 · 3 页

青空文庫

少し奥には、「ねんねこ」おんぶをした女の横姿も見えた。

「みんなやせてるね」

「蒼いや。な」

日頃あれほど粗暴な群集も、その場からちっとも動かず、カラリと開いているドアの方に注意をこらした。

「ぼーっとしているねえ、みんな」

そのうち、その電車は駛り去った。次に、又京浜が来て、私どもは、揉み込まれた。

上野へ来た。「降りますよウ」

「降せ! 降せったら……」

大騒動になった。しかし、エンジンの工合が損じ、ドアは開かないまま、上野を出てしまった。

鶯谷へついたとき、人々はせき立って、窓から降りはじめた。男たちばかりが降りている。そのうちやっと、ドアが開いた。

出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって

「あの、この辺にショール落ちていないでしょうか」

「こんなこみかたじゃ、落ちるせきがないですよ」

「どうしましょう! 舶来のショールで母さんの大事にしているのを、さむいからってかりて来たのに」

「降りるさわぎのとき、とられたのかもしれない。すっと引っぱって、とるんですて」

「まア! わたし帰れないわ、どうしましょう。届けたって、出ないでしょうね!」