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いちにちいっぴつ

一日一筆

岡本 綺堂

「木太刀」1911(明治44)年12月、1912(明治45)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,151 字 · 7 页

青空文庫

しかし電車で帰宅を急ぐ諸君は、暗い海上などを振向いても見まい。

四 日比谷公園

友人と日比谷公園を散歩する。今日は風もなくて暖い。芝原に二匹の犬が巫山戯ている。一匹は純白で、一匹は黒斑で、どこから啣えて来たか知らず、一足の古草履を奪合って、追いつ追われつ、起きつ転びつ、さも面白そうに狂っている。

「見給え、実に面白そうだね」と友人がいう。「むむ、いかにも無心に遊んでるのが可愛い」といいながらふと見ると、白には頸環が附いている。黒斑の頸には何もない。「片方は野犬だぜ」というと、友人は無言にうなずいて、互に顔を見合せた。

今、無心に睦じく遊んでいる犬は、恐く何にも知らぬであろうが、見よ、一方には頸環がある。その安全は保障されている。しかも他の一方は野犬である。何時虐殺の悲運に逢わないとも限らない。あるいは一時間乃至半時間の後には、残酷な犬殺しの獲物となってその皮を剥がれてしまうかも知れない。日暖き公園の真中で、愉快に遊び廻っている二匹の犬にも、これほどの幸不幸がある。

犬は頸環に因て、その幸と不幸とが直ちに知られる。人間にも恐らく眼に見えない運命の頸環が附いているのであろうが、人も知らず、我も知らず、いわゆる「一寸先は闇」