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いっぽんのはな

一本の花

宮本 百合子

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页

青空文庫

「ああ、矢崎さん、お引越し、どうなりました」

と尋ねた。

「いよいよ渋谷ですか」

「ええ。今月一杯で五月蠅いから行っちゃおうと思ったんですが……来月中には移ります」

「須田さんその後どうしていらっしゃいます?」

矢崎は、厭な顔をして、

「この頃出かけないから」

と低く答えた。

「ここ罷めることは、もう決ったんですか」

「決ったでしょう」

黙っていたが朝子の心には義憤的な感情があった。

須田真吉は、編輯部の広告取りをしていた男で、一風変った人物であった。頭の一部が欠けているのか過剰なのか、度外れなところがあって、或る時は写真に、或る時は蓄音器に、最近はラジオに夢中に凝った。ラジオのためには金銭を惜しむことを知らなかった。種々道具をとり集めラウド・スピイカアに趣味の悪い薄絹の覆いをかけたり、それをビイズ細工のとかえて見たり、朝子に会うと、

「一度是非聴きにいらっしゃい、全くそこいら辺のガアガアの雑音の入るのとは訳が違うんです――もう二三日すると、京城も入るようにします、朝鮮語ってえものは一寸いいですね」

嬉しげに話した。実際は、然し決して組立てに成功出来る須田ではなかった。