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いっぽんのはな
一本の花
宮本 百合子
「改造」1927(昭和2)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页
後者に属する人は、強烈な消耗と同時に新生の可能の故に、自分を包括する。更にひろい人間は、群を忘れることが出来ない。例え、それに対して自分は無力であろうとも忘れることは出来ない。
朝子は、考え考え珈琲を含んだが、不図、一杯の珈琲をも、自分達は事実に於て夥しい足音と共に飲んでいるのだと感じ、背筋を走る一種の感に打たれた。
朝子は、やがてぶっきら棒のように、富貴子に訊いた。
「いつか――あなたとだった? 底知れぬ深さ、っていう詩読んだの」
「さあ、……そうかしら」
彼女等のいるボックスを、色彩ではたくようにして入って来た若い一団に気をとられ、富貴子はうっかり答えたが、
「おや、もうあんな時間?」
自分の手頸と、花模様の壁にかかっている時計とを見較べ、富貴子は、
「大変、大変」
と、油絵で薔薇を描いた帯の前をたたいて立ち上った。
朝子もタクシーで、十一時過ぎ家へ着いた。
十
『明るい時』と云うベルハアランの小さい詩集がある。その中に、底知れぬ深さ、その他朝子の愛する小曲が数多あった。
帰ってから、それを読み始め、朝子が眠りについたのは二時近くであった。