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いっぽんのはな
一本の花
宮本 百合子
「改造」1927(昭和2)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页
然し梅雨頃に比べれば生れ更ったようなもんです、湿気は実に障りますなあ」
磯田は近年激しい神経痛に悩まされ、駿河台の脳神経専門家の許で絶えず電気療法を受けていた。朝子などには、慢性神経痛だと云った。実際の病気は決してそんな単純なものではなかりそうなことは、知らぬものないこの男の家庭生活のひどさを思っても推測されるのであった。
さっきの小娘のことを皮肉に思い合わせ、朝子は、
「もう浅野さんはおやめですか」
と訊いた。浅野というのが駿河台の医者であった。ふっと、老人らしい眼付で窓外の景色を眺めていた磯田は、
「ああ、いやまだです」
と元気な声と共に、眼を朝子に移した。
「実は今日もこれから出かけにゃならんのです……浅野御存知ですか……遠藤伯なんぞあの人を大分信任のようですな」
そして、半ば独語のように、
「その縁故で、死んだ津村二郎なんぞ、金を出させたって云う話もあるが……」
朝子が仕事をしている硝子のインクスタンドの傍にマジョリカまがいの安灰皿があった。それへ磯田は話しながら煙草の灰を落した。
「この間上海から還った浅野慎ってえのが弟でね……面倒だろう、なかなか……」