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さんじゅうろくねんまえ

三十六年前

森下 雨村

「別冊宝石 四十二号」岩谷書店、1954(昭和29)年11月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,864 字 · 6 页

青空文庫

その当時――大正初期から十二年ごろの博文館は、表看板の「太陽」ほか、八種ほどの雑誌を発行して、押しも押されもせぬ日本の雑誌王国であった。やがて、それにとって代った野間さんの講談社が、新しい営業編集方針で必死の努力をつづけてはいたが、雑誌の数からいっても、売行きからしても、まだまだ博文館時代といって不都合はなかったころである。

日本橋本石町にあったその雑誌王国の編集部の一員となって、「新青年」を創刊したのが大正九年。わずか一〇〇頁そこそこだったとは思うが、その編集にあたったのは自分と助手の相原藤也君の二人きりだった。「新青年」ばかりではなく、「太陽」だけは三人かかっていたが、ほかの雑誌は「中学世界」にしろ、「文章世界」にしろみんな編集員は二人で、「文芸倶楽部」と「講談雑誌」は森暁紅君と生田蝶介君がそれぞれ一人でやっていたし、「淑女画報」も須藤鐘一君が写真部員一人を相手に手にあまる記事と写真を整理編集していたものである。

あれで、よくも毎月の雑誌ができたものだと思うことであるが、雑誌にかぎらず、万事がやり方一つで、どうにかお茶はにごせるものである。