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さんじゅうろくねんまえ

三十六年前

森下 雨村

「別冊宝石 四十二号」岩谷書店、1954(昭和29)年11月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,864 字 · 6 页

青空文庫

それに他に大した競争雑誌はなく、寄稿家は型にはまった常連ときているので、足でとる原稿はほとんどなく、電話と手紙でたいてい用は足りた、というよりも娯楽雑誌などは常連の持込み原稿で結構間にあった時代である。

いまでも忘れられないことがある。欧州第一次大戦の幕が閉じた時、「太陽」で大戦記念の臨時増刊を出すことになり、ぼくに戦争勃発から終戦までの概要を一〇〇枚くらいでまとめてくれと、編集長の浅田江村氏から押しつけられた。つまり編集の手不足から無理矢理の押しつけである。ぜひなく引きうけたものの、終戦早々でまとまった材料がない。そこで文部省の大戦資料調査局へ出かけて頭を下げたわけである。すると、調査局の係員が雑誌の編集はいったいどれだけの人員でやっているかと聞くので、二、三人だと答えると、おったまげた顔をして、われわれは年四冊の資料調査報告書を出すのに、十二人の編集員で転手古舞いをしている。君たちはいったい毎月の雑誌を二人や三人で、どんなにしてこしらえているかと呑気にとられていたものだ。生真面目なそのころのお役所の編纂員には、われわれは手品師のように思えたかもしれないが、今日の編集者から見れば、嘘のような話とうけとられるだろう。