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さんじゅっさい

三十歳

坂口 安吾

「文学界 第二巻第五号」1948(昭和23)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,211 字 · 32 页

青空文庫

私はたぶん色々な悲しいことを思ったであろう。

何を考え、何を云ったか、あとはもう、私は殆ど覚えていない。

「外へでましょう」

と私が言って、出たのを覚えている。私は身も心も妙にひきしまり、寒気の抵抗の中で二人で歩きつゞけていなければならないような気持であった。もう日暮れであった。寒い風がふいていた。

私たちは、蒲田から大森へ、又、大森から大井まで歩いた。

★

大井町で別れると、その時から、私はもう不安と苦痛に堪えがたい思いであった。たしか三日のあとに逢う約束であったと思う。三日という長い時間が息絶えずに待ちきれるか、私は夜もろくに眠れなかったが、そのような狂気について、私はもはや追想の根気もなければ、書きしるしたい気持もない。

恋愛の情は同じ一つの狂気とは云え、あの人と私の心は同じものではなかった。

あの人の心については、私は色々に言うことができるが、そしてそのどの一つもたぶん違っていないと思うが、然し、すべてを言いきることは、むつかしい。

私の魂は荒廃し、すれ、獣類的ですらあったが、あの人は老成していた。それはなべて女のもつ性格の然らしめる当然であったようだ。