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ふざいじぬし

不在地主

小林 多喜二

一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页

青空文庫

――霧のように細かい、冷たい雨が降っていた。

「由ッ! そったらどこで、何時迄何してるだ!」――家の中で、母親が怒鳴っている。

「今、えぐよオ。」

母親はベトベトした土間の竈に蹲んで、顔をくッつけて、火を吹いていた。眼に煙が入る度に前掛でこすった。毎日の雨で、木がしめッぽくなっていた。――時々竈の火で、顔の半分だけがメラメラと光って、消えた。

「早ぐ、ランプばつけれ。」

家の中は、それが竈の中ででもあるように、モヤモヤけぶっていた。眼のあき所がない。由三は手さぐりで、戸棚の上からランプの台を下した。

「母、油無えど。」

「?」――母親はひょいと立ち上った。「無え?……んだら、※さ行って来い。」

「ぜんこ?」

「ぜんこなんて無え。借れて来い!」

由三はランプの台を持ったまま、母親の後でウロウロしていた。

「行げッたら行げ! この糞たれ。」

「ぜんこよオ!」――背を戸棚にこすりつけた。「もう貸さね――エわ。」

「貸したって、貸さねたって、ぜんこ無えんだ。」

「駄目、だめーえ、駄目!……」

「行げったら行げッ!」

由三は殴られると思って、後ずさりすると、何時もの癖になっている頭に手をやった。