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ふざいじぬし

不在地主

小林 多喜二

一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页

青空文庫

節は不意に顔を上げた。

焚火が消えると、四囲が暗く、静かになった。時々川の面で、ポチャッ――ポチャッ、と水音が立った。魚が飛び上るらしかった。

「今に分るさ……。遅くなった、帰るか、ん?」

健は腰をあげて、前をほろった。しめッぽい草の匂いが、鼻に来た。節はしばらくじッとしたままでいた。――「ん?」と、もう一度うながすと、ようやく腰を起した。

「帰るウ?」

健は雑草を分けて、歩き出した。

向うを、「ここはみ国の何百里……」の歌を口笛で吹きながら、誰か歩いて行った。

「口笛、武田でねえかな。――曲るど。見つけられたら、良え模範青年だからな。」そして大きな声で笑った。

「もう、模範青年、模範青年ッてのやめてよ。」節は悲しい声を出した。

――節は悲しかった。健と会うときは、何時でも何かの期待でウキウキする。然し自分でもハッキリ分らなかったが、何んだか物足りない気持を残して、何時でも別れていた。健の何処かに冷たさがあると思った。それが悲しかった。

村に入る角の「藪」を曲がると、その向い側の暗いところから、女が誰かに、くすぐられてでもいるらしく、息をつめてクックッと笑いこけているのが聞えた。