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くがつのあるひ

九月の或る日

宮本 百合子

「時事新報」1926(大正15)年9月21、22、25、26日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,130 字 · 11 页

青空文庫

「よかったわね」

「よかった」

「ああこの家なんですか……」

私共はすぐ前に河を見晴す座敷に通った。

「――よござんすね」

Yは網野さんの褒め言葉に上機嫌であった。

「いいんですよ。なかなか――こんな工事さえしていなけりゃ」

丁度座敷の正面の河中に地下鉄道の工事で出る泥を運搬する棧橋がかかっているのであった。そこへ人が立って時々此方の座敷を見る。

「――いつか可笑しなことがありましたよ、もう八九年も前になるな。T子さんと粕壁へ藤見に行ったことがあるんですよ、そしたらその年は生憎藤は一つも咲いてないで、大掃除なのさ。粕壁へわざわざ大掃除見に来たって大笑いしたはいいが、食べる物がないんでしょう、ぺこぺこになってここへ辿りついた訳なんです。――二人でありぎり食べて御飯が足りないって騒いでいたら――どうしたろう、あの婆さん――我々が入って来る時見えませんでしたね」

そのお婆さんの女中頭が廊下を通りすがりにそれをききつけ、黙ってお代りを持って来て呉れたのだそうだ。

「――今日もその伝じゃあない? 私ぺこぺこよ」

「こんなに私いただくの珍らしいんです」

食事の半から、細かい雨が降り出した。