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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
何だ、返事がないから、空巣かと思ったよなどと、ぬけぬけ上り込まれてはかなわない。ひろ子にはまた別の不安もあった。家賃滞納で家主との間に悶着が起っていた。御嶽山お百草。そういう看板の横へ近頃新しく忠誠会第二支部という看板を下げた藤井は、こまかい家作をこの辺に持っていて、滞納のとれる見込みなしと見ると、ごろつきを雇って殴りこみをさせるので評判であった。脅しでなく、本当に畳をはいで、借家人をたたき出した。
四五日前にもその藤井がここへやって来た。藤井は角刈の素頭で、まがいもののラッコの衿をつけたインバネスの片袖を肩へはねあげ、糸目のたった襦子足袋の足を片組みにして、
「女ばっかりだって、そうそうつけ上って貰っちゃこっちの口が干上るからね。――のかれないというんなら、のけるようにしてのかす。洋服なんぞ着た女に、ろくなのはありゃしねえ」
いかつい口を利きながら、眼は好色らしく光らせた。スカートと柔かいジャケツの上から割烹着をつけ、そこに膝ついているひろ子の体や、あっち向で何かしているタミノの無頓着な後つきをじろり、じろり眺めて、ねばって行った。いやがらせでも始めたか。