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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
低い声で云って舌を出した。
大谷の用事は、ここから明朝誰か柳島の組会へ出てくれというのであった。強制調停に不服なところへ馘首公表で、各車庫は再び動揺しはじめているのであった。
「八時に、山岸って、支部長ですがね、その男を訪ねて事務所の方へ行けばいいことになっているんだ。突然ですまないけれど――頼む、ね!」
ひろ子は、髪を編下げにし、自分に合わせては派手な貰いものの銘仙羽織を着て揚板のところにしゃがんでいるのであったが、
「――困ったナ」
とバットに火をつけている大谷を見上げた。
「――亀戸の方から誰かないかしら。こっちは飯田さんが広尾へ出るんです」
「あっちは臼井君にきいて貰ったんだ。錦糸堀があるんだそうだ」
「――あのひと……ききに行ったのかしら……」
妙な工合ににやつきながら、大谷を見つめるひろ子の視線をまともに受け、大谷は煙草を深く吸いこみながら何か前後の事情を考え合わせる風であったが、
「いや、行ってるだろう。……行ってるよ」
確信のある言勢で云った。
臼井時雄については、当人の口から元九州辺で運動に関係していたことがあると云われているばかりで、誰も確実な身元や経歴を知らなかった。