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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
「こっち、来るんじゃない?」
稲葉の神さんは、何かが身近に迫ったのを直感したように、ひろ子の顔からタミノへ、またひろ子へと不安そうな目をうつした。ひろ子はそれに心づき、
「大丈夫よ!」
タミノに向って目顔した。
「ここは託児所だもの、ねえ、変なことをすりゃ、おっかさん達だって黙っちゃいやしないわねえ」
汗が出ているというのでもないのに、稲葉のお神さんは縞の前垂を指にからんで頻りに小鼻のまわりをふいた。
「ポロレタリヤは、しとじゃないとでも思ってけつかるのかしら!」
稲葉のお神さんが下へおりて行くと、待ちかねたようにタミノが力のある腕を動かして戸棚から行李を引きずり出した。そして、いらない紙きれを注意ぶかく始末しながらタミノは、
「ここまで総ざらいなんての、御免だね」
と呟いた。
それは分らなかった。ソヴェトの友の会が各地区の職場へ拡がって、ソヴェト見学団の選出が職場でされるようになったら、その活動は却って不自由にされた。市電応援の活動と大谷の部署の関係とから、託児所へまで余波が来ることを全く予想していないことではなかった。或るところへ電話をかけ、そこから必要な場所へ知らして貰うため、タミノを出した。