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よしんちょうしょ

予審調書

平林 初之輔

「新青年」1926(大正15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,371 字 · 23 页

青空文庫

」

判事はちらりと相手の顔を見た。老教授の顔は土のようになって、眼はもう一つところを見つめる力がなく、まるで瞳孔から亡者のように浮び出している。ただ吾が子を思う一心だけが、彼の身体を椅子にささえ、やっと相手の話をきき、自分でも口を開くだけの余力をのこしているのだ。

「で、せがれは、あの途方もない自首を取り消したでしょうな。まるで根も葉もない……見も知らぬ他人を殺したなどという、とんでもない自首を……もっともあんな馬鹿げた陳述を信ずる人は一人もないではありましょうが……」

老教授は、無知な百姓が、神棚に向って物を祈願する時のような口ぶりでこうたずねた。

「いや、決して取り消されんのみか、何度繰り返してたずねても御子息の答えは判でおしたように同じなのです。信じるも信ぜぬもない、御子息の陳述が事実であることは、疑いの余地がないのです。」

篠崎予審判事の口元にただようている微笑は、慈愛に満ちた慰藉の微笑ともとれれば、毒意に充ちた残忍な冷笑ともとれる。老教授は、冷たくなった紅茶をぐっと呑みほした。それが幾分でも興奮した心を落ちつけてくれるたしにでもなるかのように。