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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

わきに白っぽいブルーズを着た若いひとが両ひじをテーブルについて、何か説明していた。伸子が入ってゆくと、ブルーズのひとは、姿勢を改めて丁寧に礼をした。だが伸子の方はその人の名も知らなかった。入口の広いところで、昼食に立ってゆく何人かの人にすれちがったときも、その人たちはほとんどみんな伸子にあいさつして出て行った。伸子の方でその人を見わけたのは、たった二人か三人きりだったのに。事務所が仲通からこちらに引越して拡大されてから、伸子はあんまり父の事務所へ出入りしなくなってしまった。名をしらず顔さえ見おぼえていない人々から、泰造のうちの者という意味で頭を下げられるのは伸子をいぐるしくさせた。

青写真の用事がすむと、

「さ、出かけましょうか」

顎のところに大きいほくろのある人に、来客のことをうちあわせると、泰造はさっさと事務所を出て、エレベーターのところへ行った。そういう泰造の動作は、ずんぐりなからだににあわず敏捷で、伸子はいそいでついてゆきながら、

「お母様、いかが?」

ときいた。母の様子がききたくて、伸子は出て来たのであった。

「ああ、この頃は、夜もねむれるようになったらしくて大助かりだよ」