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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

もしかしたら、肝腎のそのことには結局ふれずに帰るひとなのかもしれない。

大島のり子は、テーブルの上に出ていた白い団扇をなんということなくうちかえして眺めていたが、ふとその手をとめて、ふっさりした前髪を傾けるようにしながら、

「佐々さん、豊田淳さんのおかきになるものなんか、お読みになることがございますか?」

ときいた。漱石門下の先輩で有名な一人であることを知っているだけで、伸子はその人のように日本の古典芸術に深い興味をもっていなかったし、演劇に通じているわけでもなかった。

「あのかたのものは、楢崎さんなんかの方がよくよんでいらっしゃるのじゃないかしら……わたしは、多趣味というんじゃないんですもの」

のり子は、しずかに笑った。

「それはそうね」

また団扇をいじっていたが、そのまま、

「あの方、あっちにいらっしゃいますのよ」

と、大学のある地名をいった。

「――講座をもっていらっしゃいますの」

「――あなた、おききになるの?」

「ええ、昨年一年うかがいました」

葉から葉へつたわるしずくのように、少しずつしたたって来るこれらの話、というより、むしろそれを話すのり子の話しぶりから、伸子はぼんやりなにかを感じはじめた。