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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

帰ってからも日常のこまごましたことに関心を示して、すべては相変らずに見えるのに、その素子から自分たちの生活の中では云われたことのなかった階級というような言葉が云われた。これは伸子をおどろかした。軽薄というところがないウメ子が、黙って素子を眺めた目の中にもそのおどろきが映っている。伸子は、からだをよせてゆくような調子で素子にきいた。

「どこで、そんな勉強してきたの?」

素子は、顔をあかくし、例の、顎を下からなで上げる手つきをした。

「うちじゃあ、いつもぶこちゃんだけが物知りでなくちゃならないってわけもないだろう」

「意地わる云わないで……ね、ほんとに」

「虎の巻があるのさ」

伸子とウメ子とは、思わず目を見合わせた。

「どこに?」

素子は、面白そうににやにや笑って返事しなかった。伸子が、瞳のなかに焦立たしさをひらめかせはじめたとき、素子は、

「そこさ!」

顎で、その座敷の隅にある自分のテーブルの方をしゃくった。

「ほんと?」

「うそをついたって、はじまりゃしない」

伸子は、すぐ立って机のところへ行ってみた。素子の訳したロシアの作家の書簡集の校正刷りがその机の上にのっていて、わきに赤インクのびんが栓をするのを忘られたままある。